一、 応募品目 小説・評論・詩集
一、 応募作品は未発表原稿のこと。または、2007年12月より2008年
11月30日までに非営業雑誌に発表又は単行本掲載作品。
一、 作品の分量
小説は原則として400字詰原稿用紙換算で100枚以内とする。ワープ
ロ原稿も可。
評論は原則として400字詰原稿用紙換算で50枚以内とする。
一、 詩集は原則として刊行された体裁のもの。
一、 応募原稿又は作品集は選考の都合があるので必ず4部送付のこと。
一、 応募作品には、必ず作者の氏名(ペンネームの場合は本名も)、住
所、年齢、職業及び略歴を添えること。
一、 締切=2008年11月30日(当日消印有効)
一、 入選作品(受賞作品)は、2009年4月発行の『農民文学』春の号に掲
載する。
一、 受賞作品は原則として1編を選び賞状と副賞10万円を贈呈(2人受賞
の場合は副賞を分割する)。
一、 送り先 = 〒194-0043 東京都町田市成瀬台2-25-14 塚本方
日本農民文学会・農民文学賞係
一、 作品の返却には応じられない。
【選考委員のプロフィル】
■秋山 駿(あきやま しゅん、文芸評論家。日本芸術院会員。
「石ころ」が秋山駿の批評のキーワードである。目の前の石ころから発想するのである。群像新人賞を受賞したが、以後三年間低迷する。『群像』が批評を掲載してくれないので、もう一度新人賞に応募しようとしてとめられたという。内向の世代の同伴者的批評家として出発する。
『恋愛の発見』では、恋愛とは犯罪に似ており、「俺は、こうする」というもので、学校的な知性では計れないものだと論じた。『信長』は、ベストセラーになった。大病を患ったがそこから復活し、近年、『私小説という人生』で私小説を擁護し、話題となった。
瀬戸内寂聴、渡辺淳一など、通俗作家としてあまり文芸評論家が論じない作家を積極的に評価してきた。時流から超然とし、自分自身の感覚を信じるところに、秋山の真骨頂があるといえよう。
■伊藤桂一(いとう けいいち- )は、作家、詩人。三重県三重郡神前村(現四日市市)生まれ。東京都練馬区在住。中学時代から投稿・詩作をはじめ、1938年より軍隊に騎兵として勤務し、上海郊外で終戦を迎える。 帰国後は出版社の編集者などを経験し、1949年第1回「群像」懸賞小説に『晩青』にて佳作入選しデビュー。作品には、従軍経験を生かした戦記小説や、時代小説が多い。1985年には紫綬褒章を受ける。
なお、伊藤が初めて書いた「雲と植物の世界」が、1952年に芥川賞候補になり、「これはわが部隊のことではないか」と伊藤と同じ部隊の元兵士たちが集合した。それをまね、旧日本軍の各部隊で、「戦友会」が生まれる契機となった。
「落日の悲歌」は宝塚歌劇星組で「我が愛は山の彼方に」というタイトルで舞台化された。
詩人としても長年にわたって活動を続けており、『竹の思想』(1961年)、『黄砂の刻』(1985年)、『連翹の帯』(1997年)、『ある年の年頭の所感』(2006年)などの詩集がある。
受賞歴
・小説『かぶら川』で農民文学賞受賞(1996)
・文学諸活動に対し第一回笠懸町町民栄誉賞(1998)
著書
『溜井の風』(近代文芸社・「日本農業新聞」連載小説)
『女房の顔』(日本農民文学会発行)
『視点オピニオン21』(上毛新聞社・同紙発表エッセイ掲載)
「桐生タイムス」の「日めくり随筆」へ八十回の随筆を掲載
―ーーーー 応 募 規 定 ー―ーーー

選考委員
秋山駿
伊藤桂一
木村芳夫
南雲道雄
本賞は、農民にとどまらず、土や自然と関わりながら生きる人間探求の文学作品に対する文学賞です。
21世紀は農耕民族の魂を原点に、心の潤いと活性化が求められる復活の世紀と思われます。斬新な発想の基に、農民文学が目指す有意な作品の応募を期待します。
伝統ある農民文学賞の受賞者の多くは、都会や農村、或いは里山で、地域発展のためにオピニオンリーダーとして活躍しています。彼らに続く諸兄姉の出現を熱望します。
「流れ星」撮影:ハル